発祥と沿革、そして第2の伝説へ(無理w





1.伝説のサイト「フジヤマボンバー罪と罰」
あなたはフジヤマボンバー氏をご存知だろうか?かつて、1500名もの登録者を集め、世代の差を超え、多くの人々に愛されたサイトを運営していた伝説の人物である。
彼の運営していた罪罰サイトは、78期まで続き、多くの伝説と出会いを実現させ、人々に惜しまれながらその歴史を閉じたのである。
この交流は、たとえサイトが閉鎖されたとしても途切れることなく、「フジヤマボンバー罪と罰記念サイト」にて今もなお続いている…。

2.「罪と罰++」設置へ
人々の交流が続いているとは言え、所詮「罪と罰」というゲームで結びついたのが我々である。なんとか後継サイト、あわよくば管理人のみの変更による、キャラの引継ぎまでも実現するサイトを求める声が多くあった。
しかるに、この問題は金銭面も絡み非常にデリケートな問題であるが故、ただ時だけが過ぎ、 人々の心に虚しさと呼ぶ風が吹き抜けていたのである(く、くさいw)。
そんな折、人々の心を代弁するかのごとく、敢然と罪罰設置という艱難に立ち向かう人物が出現したのである(そんなご大層なことではないw)。それがここの管理人であることは言うまでもない。その名は…ひみちゅ。

3.改造への挑戦
フジヤマボンバー氏の罪罰は、デフォルトから大きく改造されたものではなかった。しかし、実にユーザーへの配慮が感じられる改造であったのも事実である。目立った改造は確かに少なかった。しかし、目立たぬところへの改造がこまめに施されていたことに、新管理人は愕然とするのであった(じ、実にめんどくさいw)。 この困難に立ち向かう管理人は、時に意識が薄れ、時に本業を忘れ、昼夜も厭わず戦いつづけた・・・なんてことはないw
まずは、フジ罰に施された改造を実現させ、限りなくフジ罰に近づけようとしたのは事実である。人々に愛されたフジ罰を、少なくともスクリプト上だけでも復元させたいと考えたのも事実である。将来的に完全後継サイトが生まれれば、このスクリプトを無償で譲ってもよいという気持ちがあったのもまた事実である(無論、今でもその気持ちに変わりはない)。
なお、今回、改造・立ち上げをするに当たって多くの方のご協力をいただいたことを感謝いたします。
特に釈迦氏kana氏は直接スクリプトを書いていただきました。ノラ犬乃助氏には罪罰改造の大先輩をご紹介いただきました。なおちゃん氏には、トップ画像をご提供いただきました。
また、一寸法師氏は、当サイト登録第1号として多くの仲間に声をかけていただき、当サイトの礎を築いていただきました。
皆様のご協力があって、ほぼ意図した形の罪罰になったことを心より感謝いたします。
主な改造点は取扱説明書をご参照ください。


4.本格稼動に向けて
フジ罰の完全後継サイトになるのか?はたまた独自路線を歩むのか?このサイトを立ち上げた際には、そんな大それたことを考えていたわけではない。ただ、罪罰を通して集まった仲間たちと、フジ罰がなくなった後もやはり罪罰で交流を続けたい。ただそれだけの気持ちで立ち上げてみたに過ぎない。
しかし、人々は管理人が驚くほどの勢いで集まり始めたのである。まだ改造途中であるにもかかわらず、開設2週間で50名を軽く突破。3週間で80名を突破。1ヶ月でついに100名の大台に達したのである。
100名を突破した段階であっても、いまだ本格稼動前…。本格稼動をどのようにさせるかが、サーバー問題を含めての議論になったのは言うまでもない。 この議論の中で出た結論は「独自路線」。これはやはりサーバー問題と、管理人の根性なし・ビンボー生活がその主たる要因であろうw
なんにせよ、ここの罪罰はフジ罰で出会った仲間たちによって成り立った、フジ罰分派サイトである。ただ、それが独自に今後発展していくことを期待している。
ごく自然の流れで人が増えていくことによって1500名もの登録者に拡大・発展していったフジ罰。これに倣うべく、この罪罰も発展していくことが目標である。
人々の交流。罪罰の最大の魅力はこれであろう。交流を土台にして国をまとめ、大稼動による統一戦の実施と全国制覇。この醍醐味がこの罪罰で味わえるようになることを私は願ってやまない。そのための努力は惜しむつもりはない。だから敢えて言おう。
人呼んで来い!!!w


5.始動!「楽園の記憶」
登録者が急増する中、当然サーバーに限界が達しようとしていた。それはそうだ。プロバイダ提供の無料サーバーに置いていたのだから。この問題を解決するには有料サーバーを借りるしかない。ビンボー人の管理人は人生最大の決意をする(嘘。
サーバー移転に伴い、まずはドメイン申請。ドメイン名は投票で決定!ドメイン名を考えてくれたのは仏陀氏。なかなかのセンスである。普段の言動からはちょっと想像ができないw 次いでサイトの名称。これも投票で決定!フジ罰の後継ぽさを露骨に出さずにほのかに漂わせた「楽園の記憶」という名称は多くの支持を集めた。名称案を考えてくれたのは遊山氏
そして、ついにサーバー移転。時は2004年12月18日。移転時の登録人数は171名に達していた。協力的な登録者の方々に支えられ、これからも参加者は増えていってくれるであろう。サイトの発展と継続を心から願う今日この頃である…。
フジヤマボンバー罪と罰記念サイト byカイ・オデンさん作成→


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